土井敏邦さんのファルージャ報告
http://www.doi-toshikuni.net/column/index.cgi?0002
に掲載されています。『週刊朝日』6月4日増大号より。書き出しだけコピペします。ぜひ、全文お読み下さい。
居間を通り抜けると、天空が広がり、壁に囲まれた空間は瓦礫の山となっていた。
一瞬中庭かと思ったが、この家の主人は、爆撃で天井が崩れ落ちたと説明した。
瓦礫の角に哺乳ビンが残っている。その近くに頭皮のついた髪の束、さらにミイラ化した足の一部。その指の大きさから、子供のものと判別できる。瓦礫の下から出てきたものだったという。
戦闘機や武装ヘリコプターの攻撃で、ファルージャでもっとも激しい被害を受けたとされる市内北西部のジュラン地区。ザーヒ家のアハマドさん(28)は、4月6日に突然起こった、その事件をこう語った。
「当時、叔父や従兄弟などを含む4家族がこの家にいました。攻撃の激しい地区を逃れて安全だと思いわれたこの家に親戚が避難していたのです。午後10時ごろ、突然、まず家の門の近くに米軍の戦闘機から爆撃が落とされました。その爆弾で家の入り口付近にいた男たちが殺されました。その直後、30人を超える女性と子供たちが避難していた部屋にミサイルが撃ち込まれ、天井は崩れ落ちました。部屋にいた31人が下敷きになって殺されました。そのうち子供は16人でした。瓦礫の下に埋まった遺体を片付けるのに2日間もかかりました」・・・・・・
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