ブラック・ウォッチ兵士インタビュー
「死の地帯」でのミッションに怒るブラック・ウォッチ
BLACK WATCH FURY AT IRAQ 'DEATH ZONE' MISSION
Oct 29 2004
By Padraic Flanagan
http://www.mirror.co.uk/news/allnews/page.cfm?objectid=14809569&method=full&siteid=50143
昨日,イラクの「死の三角地帯」に向かう部隊が,米軍を助けるためのミッションを厳しく批判した。
マニー・リンチ(Manny Lynch)二等兵(19歳)は,路上のブービートラップや自爆を警戒して進むブラック・ウォッチの一員である。「腹は立つし,気は張り詰めてるし」と彼は言う。
米軍の援護のためバスラを離れ,バグダード南方の危険地帯へ向かえという命令には,リンチ二等兵と一緒にいる若い兵士たちもまた,彼と同じくらい怒りを覚えている。
ベン・ブレルトン(Ben Brereton)(19歳)は,「何か,アメリカが出てったあとの場所を引き受けるみたいですね」と言う。
英陸軍参謀長のジェイムズ・バショール(?James Bashall)大佐は,軍として適切な注意を払いつつ,「ハート&マインド」のアプローチをとるのだと約束していた。
ブラック・ウォッチのコンヴォイがバグダード近郊の危険地帯へと北上するにつれて,怒りと決意のムードが高まった。
マニー・リンチ上等兵は,帰郷が予定されていた4日前に,バスラを離れバグダード近郊に向かえという命令を受けた。
「えっと思いましたよ」と彼は言う。「そういうことなら,最初にわかった時点で言ってくれてれば,もうちょっとすんなり受け入れられたかもしれませんけど。」
バグダードに向かうHercules C-130に乗り込みながら,ファイフ出身のこの19歳の兵士は,「いろいろ聞いてますよ,『死の三角地帯』でしょ。誰だって緊張しますよ,こっちより相当状況悪そうだし」と言う。
「自分たちはうまくコントロールしてきました。でもアメリカはどうも,めちゃくちゃにしてきたみたいですね。」
イアン・ゴードン(Ian Gordon)二等兵はエディンバラ出身で,彼もまた19歳である。「予想されるようなさまざまな状況について,特別に訓練がありましたよ」と彼は言う。
「車両に搭載した爆発物や自爆に気をつけるようにと言われています。」
「到着してしばらくは,ヘルメットを脱ぐことができないだろうと思います。とにかく頭を低くして,注意力はオンにしておかないと。最初聞いたときはへこみましたけど,出発が迫ってるんで,モラールは上がってます。」
ブラック・ウォッチのコンヴォイは,ほかの部隊の援護も含め,全部で850人強である。
コーンウォールのトゥルーロ(Truro)出身のベン・ブレルトン(Ben Brereton)(19歳)はRoyal Electrical and Mechanical Engineers(?陸軍工兵隊かも)所属の工兵である。「ただもう腹が立ちますね。なんで自分たちが行くことになったんだ,って。」
「だってアメリカ軍はあんなに人数多いじゃないですか,自分たちの10倍以上いるんですよ,それで自分たちがアメリカ軍を助けなきゃならないなんて,ほんともう冗談じゃないって思います。」
「でももう出発してしまったわけで,どうすることもできない。ただもう早く終わってくれ,家に帰りたい,それだけです。」
ブラック・ウォッチの先遣隊と装甲車両は,すでに目的地に到達している(目的地の名前は伏せられている)。昨日輸送機でバスラからさらに150人が空路輸送され,数日内には配置転換が完了する見込みである。
ブラック・ウォッチはバグダードからおよそ30マイルの,テロリストの温床〔←原文ママ:a hotbed for terrorists〕に着任することになる。
ロケット弾や自爆,拉致が当たり前の地域である。
今回の移動で,米海兵隊が来月(=11月)に,反乱者が制圧しているファルージャを攻撃するための下地を整えることになる。
ブラック・ウォッチは,30日間の任務の後,12月初めにはイラクから出国すると告げられている。
軍報道官のチャールズ・メイヨー(Charles Mayo)少佐は「部隊は現地で仕事をこなしたいと思っている」と述べている。
駐イラク英陸軍参謀長のジェイムズ・バショール(?James Bashall)大佐は,「英陸軍は米軍とは異なったやり方をしている。我々は,バスラで成功した戦術を用いることになっている」と述べている。
「ハート&マインド第一,武力は最小限,しかしながら軍として最善の慎重さを示す。」
「ブラック・ウォッチの司令官は,リスクの所在を確認するまで,部下にヘルメットとボディアーマーの着用を徹底してくれることと思う。」
Mirror記事には,19歳の兵士の写真が掲載されています。
この写真はどう見ても,「やんちゃそうな男の子」です。サッカーのルーニー選手のような感じにも見えます。(オーウェンとかではなく。)
記事に出てくる地名について。まず,エディンバラ(Edinburgh)は,いわずもがなですが,スコットランド(というnation)の首都。歴史的な都市で観光客も多く訪れる場所です。ファイフ(Fife)は,湾を挟んでエディンバラと向かい合うような位置にあって,産業革命のときはとても栄えました。ゴルフのセント・アンドリュースが最も有名かもしれません。トゥルーロ(Truro)はイングランド南西部,コーンウォールにある町で,1880年に着工された(英国としてはとても新しい)大聖堂(Cathedral)があるそうです。ヴィクトリアン・ネオ・ゴシックの建築で,The Bishop's Throneに「ビルマの木材」を使っているなど,その時代を感じさせる部分がいくつかあります。
……こんなことでもやってみないと,という感じです。この19歳の子たちの出身地はどんなところなのか,それをまとめることで,自分の中でupsetしている何かを落ちつかせようとしています。
4日の自爆で亡くなった3人は全員ファイフの人で,1人は19歳でした。その人は,18歳の弟さんと一緒にブラック・ウォッチにいて,一緒にイスカンダリヤに送られた人だそうです。ご両親は「この戦争には反対」「英国の戦争じゃなくて他国の戦争だ」という考えの持ち主。(一方で,「大変なショックを受けています」「任務を果たした息子のことを誇りに思います」というだけで沈黙している“戦死した兵士の母”もおられる。)
ところで,在英の知己からメールをもらいました。
ロンドンの地域紙(夕刊),the Evening Standard――この新聞はどっちかと言うと「ゴリゴリの保守」ですが――の一面が,GET OUR BOYS OUT, NOW(我らのボーイズを,今,撤退させよ)だったそうです。
our boysという表現は,軍隊っぽい用語で,うまく日本語にできないのですが,「お前らの命は俺が守る!」という雰囲気を感じさせる表現だと英国人から聞きました。
なお,上に訳出したデイリー・ミラー記事を書いたPadraic Flanaganさんは,Google検索してみると,どうやら英軍に従軍している記者のようです。PA News(通信社)の記事が多くあるので,PAの契約がメインなのかもしれません。(上述のEvening StandardはPAだったと思います。)10月30日にはScotsmanにちょっと奇妙な記事を書いています。奇妙な,というか,「これはまるでThe Timesではないか!」という記事です。なぜScotsmanに……? まあでも,Independentでも時々奇妙な記事が出ますし……。
投稿者:いけだ






